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なかおの歴史
生産者の気持ちを、まごころ込めて消費者へお届けしたい。
初代中尾勇が昭和2年(1927年)中尾商店として創業し、
平成19年(2007年)9月で創業80周年を迎えることが出来ました。
これもひとえにお得意様、お客様のおかげと心より感謝し厚くお礼申し上げます。
昭和2年、下関の奥小路(幸町)で鮮魚店(ふく専門店)として『みがき』から『刺身』までを製造し、福岡の料理店や下関市内の料理店に販売を始めましたが、
当時はまだ『ふく』を専門に取り扱う店は2・3店しかありませんでした。
この頃は交通の便が汽車や自転車しかなくお届けするのに1日がかりで自社配達をしておりました。
市場の整備は昭和7年ごろから始まりますが
太平洋戦争により唐戸地区は被災し復興は大変なものでした。
昭和25年の下関唐戸魚市場(株)の創立と同時に弊社は仲卸として赤間町に加工場を建て
『ふく』を専門に『みがき』の量産に取り組むようになりました。
昭和40年李ライン撤廃以降『ふく』の水揚げの増大とともに唐戸市場は手狭になり
昭和47年下関ふく出荷協同組合(5社)を設立し、初代理事長の中尾勇が共同加工場を現在の彦島南風泊に建設し本社を移転しました。
永年の経験と質を見抜く目で、最高のふくを競り落とします。
昭和49年唐戸魚市場も『ふく』部門を南風泊に移転し『下関ふく』の一元集荷が可能になり、
最新のふく加工工場として水揚げから加工処理を一貫して行い
全国の専門店、料理店、市場に安全・安心な『下関ふく』を提供できるようになり
『下関ふく』は名実ともに不動のものとなりました。
現在の本社の加工場は平成3年(1991年)に業界で先駆けた設備を取り入れHACCPに対応できる工場としてお客様により安全・安心な商品をご提供できるよう弛まぬ努力をしております。
昭和36年の大阪難波高島屋百貨店、昭和39年東京新宿京王百貨店での『ふく』販売は『下関ふく』の販路拡大を目指し
個人のお客様向けに『ふくさし』『ふくちり』のテイクアウトのお店をオープンさせました。
現在は関西地区3店舗、関東地区5店舗を展開しておりますが、
近年、同業者の参入により競争が激しいものになっております。
弊社は、長年の技術の蓄積と改革で他社との差別化を目指し、創業当時から変わらぬ真心でお客様が心からご満足いただける商品を手がけてまいります。
食の多様化、少子高齢化の環境への対応等 経営環境の変化する昨今ですが、弊社は時代の要求に応え美味しい『下関ふく』をご提供いたします。
創業80年を機に今後は『食』を取り扱う会社として一層の安心・安全をはかるため、
生産工程の水準を上げ、社員の安全・衛生意識の高揚に努め、
また地域社会に貢献できる会社づくりを目指します。
沿革
| 昭和2年10月 | 中尾商店として創業 |
|---|---|
| 昭和25年9月5日 | 唐戸魚市場創立と同時に鮮魚仲卸業を開始 |
| 昭和41年9月9日 | (有)なかお本店を設立 下関市赤間町3-3 |
| 昭和49年6月 | 下関市彦島西山町4丁目11番20号に移転 |
| 昭和54年1月16日 | (株)なかおに組織変更 |
| 平成3年7月23日 |
下関市彦島西山町2丁目1番25号に新加工工場新築移転 |
| 平成5年12月21日 | 下関市彦島西山町2丁目1番25号に移転登記 |

